それが、どんな田舎であるにしろ、大学病院ともなれば、それなりの数の標榜科を有するわけです。ポリクリ(臨床実習)では、そういった標榜科の他に、直接の診療を行わない、例えば病理や検査のようなところまで回るわけですから、全部一律同じ週数回っていたら、一年じゃ時間はとても足りません。毎年、試行錯誤しながら期間の調整を行っているのですが、たまたま僕らの年は、最初で最後のポリクリ最長期間を記録したようで、長期休暇もかなり削られたのでした。

　大抵の科は、二週間でポリクリを行った中、歯科口腔外科と中央検査部という全く別の二つの場所を、何故か一週間という期間で回るのでした。午前中は歯科口腔外科、午後は検査部という日程は、時間割が濃密になった分、実は結構忙しいのです。半年もポリクリを経過して、良く言えば「慣れ」、実のところはいわゆる「中だるみ」の時期を迎え、だんだん朝が辛くなってきた僕は、紙一重の時刻に起床する日々なのでした。ある朝も、午前九時に歯科口腔外科外来に集合だというのに、うだうだと布団の中にうずくまり、八時半に布団を抜け出した後、15分で朝食、洗顔、歯磨き、着替えの後、雨が降っていたので、自転車は置いて、徒歩で病院へ向かいました。

　遅れそうなのですが、走るのは切羽詰まったみたいで嫌なので、これでもかというくらいの早足で歩き、途中信号に捕まりながら、国道を横断し、ドライブスルーのクリーニング店を突っ切り、西病棟側の入り口を入ながら傘袋を入手し、傘をしまいながらロッカーへ向かい、上着を脱いでケーシー白衣を羽織って、ボタンをひとつとめて再びカバンを背負い、今度は外来棟へ向かって、ボタンをとめながら早足で歩きます。この時点で残り三分。それでもにこやかに挨拶しながら外来受付を通り抜けて、集合場所へたどり着いたとき、外来の時計で8時59分50秒。なんとか間に合ったようです。次の日辛いことはわかりながら結局寝るのは夜三時過ぎで、時間が無いのを分かりながら、朝は布団に停滞するのです。

　歯学部の学生が、かなり長い時間をかけて歯科の講義や実習を行うのに対して、医学部の中での扱いは、決して重いとは言えない上、将来的に歯科口腔外科を専門にしようという人がまずいないことから、どうしても馴染みの薄い科になってしまいます。例えば歯の名前といったレベルでも、歯科医にとっては常識なんでしょうが、医学部学生にとっては、油断すると忘れてしまう領域です。番号も振ってあるのですが、歯の名前って、実は結構お洒落です。門歯、犬歯、臼歯、智歯と、どんな気持ちで名付けたのでしょうね。ポリクリでは、種々の講義や、患者さんの診察などの他、小学校の時に指導を受けたような気持ちで、みんなで正しい歯磨きを学んだりするのでした。