眼は小宇宙。確か、眼科の最初の講義はこんな感じで始まったのでした。各科それぞれ、自分の科を最大限に評価した、それぞれの主張があるのが面白いのです。脳神経が直接絡み、様々な疾患を映し出し、唯一非観血的に血管を観察でき、とにかく眼は凄く奥深いのだという思いを、小宇宙と表現していたのです。例えば、皮膚科では、皮膚は内臓の鏡だと言い、泌尿器科では、尿は最も簡便で重要な検査の一つだと言い、とにかく講義やポリクリ(臨床実習)の合間にも、さりげなく自分の科をアピールすることを忘れないのでした。

　でもまあ、確かに各科の言い分はあながち嘘ではないのです。基本的に眼しか扱わないといってみても、ちょっと外来を見渡してみるだけでも、様々な機械が並ぶのです。実際、ポリクリ中に、そのうちのいくつかの機械は実際に触ったりしたのです。例えば、眼圧計は、ジョイスティックと呼ばれるもので照準をあわせると、自動的に空気が発射されるのです。そんなことが妙に面白かったりして、
「隊長、目標を迎撃します！」
なんて言いながら班員同士で計りあうのでした。

　ちなみに、僕らのお医者さんごっこは、僕らだけが「ごっこ」なだけで、他はみんな本物なので、こんな検査の練習でも、異常があればきちんと発見できたりします。別の班の同級生は、眼科のポリクリ中に、たまたま被検者になった視野検査で、ちょっと異常をみたので、オーベン(指導医)がさらに上の先生を呼んで二人で確認した結果、網膜剥離が発見されたことがありました。自覚症状もあまりなかったようで、進行しないうちに見つけられたのは、実に幸運だったかも知れません。ちなみに、カルテの現病歴の欄には、一言「ポリクリ中に発見」とだけ記述されたということです。

　さて、もちろんオペ(手術)にも入ったりするのですが、外科の開腹術などとは、やはり雰囲気からして異なります。それにしても、眼科のオペって、かえって大がかりなオペよりもよっぽど痛そうな感じがするのは僕だけでしょうか。僕がやや、先端恐怖症気味なだけなのでしょうか、モニターをみながら、自分の眼をずっと瞬き続けていました。ちなみに、皮膚科の外来オペも苦手でした。局麻(局所麻酔)というせいもあるのかもしれませんが、全麻(全身麻酔)で大切開したところで、普段見えていない腸管とかを切り出すことには痛いイメージがつきまとわなくとも、眼だとか皮膚だとかをちまちまつついたり切り取ったりしているのを見ると、むしろ痛々しいのでした。

　全く関係無いのですが、例えば白内障のオペなど、比較的少ないスタッフで、比較的短時間で終わるオペが、実は倍以上の時間を要することもある開腹のオペなどと同じくらいの保険点数だったりします。保険診療というシステムは、こうして医師の報酬に関してもアンバランスな部分があるために、いわゆる一般外科などに比べて、マイナーと呼ばれる眼科や皮膚科、整形外科などのほうが恵まれている場合がほとんどです。仕事のきつさと報酬が必ずしも一致しないのは、医師の世界でも一緒です。冗談ですが、一般外科を希望している学生同士や外科医の雑談で「眼科とか、もう少し保険点数減って欲しいよなあ」なんて愚痴が漏れたりするのも分からないではないのです。医師は儲かる、というイメージが強いかも知れませんが、勤務時間や仕事の内容を考えれば、他の職業に比べて、決して恵まれているとは言えないと思います。

　ところで、現行の法律では、医師免許はオールマイティーですから、特に眼科で研修をしなくても、眼科の診療をすることは可能なわけです。コンタクトレンズを売ることだけを目的としたような名ばかりの眼科には、バイトの他科医が診療にあたることも多いので、多少お金がかかっても、疾患の見落としが怖ければ、きちんとした眼科にかかったほうが良いと思います。概して、きちんと診療をしないようなコンタクト専門の医者などのほうが、良医よりも報酬が良かったりするのですが、心ある医師や医学生は、自らのプライドとモラルにかけて、報酬よりもまともな医者としての人生を選んでいますので、まだまだ捨てたもんじゃないとは思っています。そういえば、眼鏡をつくるときの検眼は、眼科に行かずとも眼鏡屋さんでも行っていますね。あれも、実は法のはざまのグレーゾーンです。ただ、眼が直接命に関わることが少ないにしろ、それを失うことはQOL(Quality of Life=生活の質)のかなりの低下であることは間違いないので、眼の健康を考えるなら、多少面倒でも、眼科を受診することも必要でしょうね。

　さて、全くの余談ですが、某眼科教授が、その就任の時に「当時優秀な人が内科を選ぶという流れにあって、サッカー部医学科であった私は、眼は二つあるし、生命に直接関わらないということもあって、当然のように眼科を選んだ」という挨拶をしたためたとかいう噂です。いや、もちろん冗談なのでしょうが。